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田村を創る人たち#7

2018.8.1

「『あなたはそのボールペンを持って人前に立てますか?』ミス・アースの真髄」

 

田村市滝根町。豊かな自然の中で育った1人の女性が、この度「ミス・アース・ジャパン福島大会」で見事最優秀賞に選ばれました。小さい頃から優しく、でも根性だけは人一倍あったという佐々木海帆さん(21)。スポーツマンからの夢の挫折、そして「地元に恩返しをしたい」と臨んだミス・アースに至る過程には、常に熱い思いと人一倍の努力がありました。

 

写真=田村市復興応援隊 渡邉

聞き手=田村市復興応援隊 渡邉、山代

文=田村市復興応援隊 山代

 

 

ー佐々木さんは普段何をしているのですか?

東京にある体育大学の4年生です。社交ダンスをやっていて、昨年、大会で優勝してプロダンサーになりました。

実家のある田村市滝根町を出てほぼ4年が経ちますが、今でもちょくちょく帰ってきています。滝根町の風車の辺りから出る日の出が、今でも大好きなんです。

大好きな滝根町の風景

 

ー「ミス・アース・ジャパン」とは何ですか?

アースプランニングが主催する美の祭典の1つです。ミス・アース自体は約90か国が参加していて、数あるミスコンテストの中でも、環境問題に対する意識や活動を重視したコンテストです。

ちなみに福島大会は、今年初めて開催されました。そのためミス・アースになって具体的に何をするのかは、これから自分達で決めていきます。ミス・アースは美を争うだけではなく、環境問題に対して自分で考えて、行動していく力も求められます。

(ミス・アース・ジャパン公式ホームページはこちらから)

 

ー今回応募したきっかけはなんですか?

最初は本当に軽い気持ちでした。たまたま実家に帰った時に、母親から「やってみれば?若い時しかできないよ」と言われたんです。福島県も好きだし、滝根町も好きだし、もし選ばれて地元でボランティアに参加できるなら楽しそうだなって、そんな感じでした。

 

ー「ミス・アース・ジャパン福島大会」に出ての感想を教えてください。

人生で一番自分を変えてくれた出来事は?と聞かれたら、私は間違いなく「ミス・アース・ジャパンの福島大会」と答えると思います。それくらい、精神的にも肉体的にも大変でした。大会でのエントリーナンバーが1番だったというのもあって、スピーチ審査、水着審査、ドレス審査、すべてトップバッターでやらなければいけませんでした。これから本当に、日本を代表するオピニオンリーダーを目指すのだという自覚が芽生えました。

中でも特に苦労したのは、スピーチの内容を考えることでした。応募したきっかけが「ふる里が好き」という気持ちだけだったということもあって、スピーチを作る際は、自分という存在を最初から見つめ直す必要がありました。「何で応募したのか」「なぜミス・アースなのか」「自分はミス・アースになって何がしたいのか」本当に難しいテーマで、大会当日、舞台に上がる直前まで考えていました。

自分を支えてくれた周りの人達、特にミス・アース・ジャパン福島大会で出会った私の他6人のファイナリスト(福島大会で最終選考に残ったメンバー)の仲間の存在がなければ、この大会は乗り越えられなかったと思います。私はこの大会を通して、仲間と動くことで1人じゃできないことも達成できるんだということを、身をもって知りました。

福島大会、7人のファイナリストと

 

ーミス・アース・ジャパン福島大会で一番印象に残っている言葉はなんですか?

スピーチレッスンを受けているとき、受講生はみんな真剣にメモを取っていたんです。そうしたら先生が、「メモを取る姿勢はいいですね!でも、あなたたちはそのボールペンを持って人前に出て、ミス・アース日本代表ですと言えますか?」そう言ったんです。もう衝撃でした。ミス・アースになるっていうのはそういうことかって思いました。持ち物1つ、そして指先までの美意識が「常に」必要とされるんだと思いました。

正直、帰ろうかと思いました(笑)

 

ー佐々木さんが、ミス・アース福島代表としてやりたいことはなんですか?

私は、福島=被災地という印象を変えたいと思っています。福島には美しい場所がたくさんあります。そのことを、多くの人に知ってもらいたいです。福島に「来て」というのではなく、県民一人一人が「どうぞいらっしゃい」と誇りと自信をもって言えるような、そんな福島にしたいです。

 

大会のスピーチでも話しましたが、私の原点は、やはり「故郷のために恩返しがしたい」ということなんです。故郷の自然の美しさ、尊さを未来へつなげること。人と人との小さなつながりの和を、大きな環境保全の和へとつなげていきたいと思います。

 

ー佐々木さんは走り高跳びでも県の記録を持っていると聞きましたが?

小学生から走り高跳びを始めました。小学校では、当時の福島県の最高記録を持っていました。中学校では、全国中学校陸上大会で3位になり、最年少で国民体育大会(国体)に参加させてもらいました。高校では、インターハイにも出場しました。

先日、久しぶりに教育実習で母校に帰り、部活で生徒に言われて跳んだんですが、みるみる筋肉が戻ってきて、危うくミス・アースのドレスが入らなくなるところでした。

ちなみに、剣道も小学生から始めて、今でも続けてますね。

高校生当時の佐々木さん

 

ー走り高跳びで食べていこうとは思わなかったんですか?

思わなかったです。実は、私は5歳の頃から、将来はタカラジェンヌ(宝塚歌劇団の団員)になると決めていたんです。宝塚歌劇団の『愛燃える-呉王夫差-』を5歳の時に劇場で見て、決めたんです。

 

ータカラジェンヌの夢はもういいんですか?

タカラジェンヌになるための試験を3回受けました。3回目は、レッスンの先生も親も自分も、誰もが受かると思っていました。でもダメでした。今はもう年齢制限で受けることができないんです。

やっぱり当時は相当落ち込みました。5歳からの夢だったので、もう生きる意味がなくなったように感じました。どうしようもなくて、ただただ忙しくして気を紛らわしていたときに、社交ダンスと出会ったんです。

タカラジェンヌになれなくて、思うことがあるんです。それは、「夢は叶わないが、目標は叶えることができる」ということ。陸上と比べるとよくわかりますが、「なりたい」だけではダメなんです。「なる」ためには綿密な計画と、それに基づいた練習が必用なんです。

「夢が目標に変った時、それは叶う」今はそう思います。

今思えば、タカラジェンヌを目指していた時間はとても大切な時間でした。色んな人に出会って、助けられて、多くのことを学びました。

まっすぐ前を向いて話す佐々木さん

 

ー今、やりたいことはなんですか?

今はやっぱりダンスが楽しいです。あと、ミス・アース福島代表としての地元での活動はとても楽しみです。ミス・アース福島代表としては、ファイナリストの仲間たちとも相談して、ゴミ拾いや観光名所のPR、福島県の各地域と連携して、ボランティア活動などをやっていきたいと思っています。

 

私は今までたくさんの人に支えられてきました。その恩返しをこれからしていきたいと思っています。福島の美しさを世界に発信して、色んな人に環境について、美しいふるさとについて考えるきっかけを与えられる人間になりたい。それが今の私のやりたいことです。

ミス・アース福島大会で、自分の思いをスピーチ

 

~編集後記~

【渡邉】私実は、佐々木さんのお母さんと女子会仲間なの!だから海帆ちゃんのことは小さい頃から知ってるんだよ~

【山代】そうなんですね。どんなお子さんだったんですか??

【渡邉】おうちに遊びに行ったときに私怪我しちゃったんだけど、すごく心配してくれて、その後会った時も、ずっと心配してくれてたんだよね~

【山代】やっぱり小さい頃から優しかったんですね^^

【渡邉】応援隊とも、これから田村の良さを一緒にPRしていけたらいいよね!

【山代】そうですね!楽しみ♪

 


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