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「よみがえれ古里」 福島民報1面に小林が語る!

こんにちは、荒井です。

新年早々から福島民報の1面に、応援隊広域リーダーで元祖復興女子の小林の記事が掲載されました!

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▲1月3日(日)の記事

「明日に挑む、芽吹く 福島の力」というコラムで、1月5日まで計3回掲載されます。

応援隊にはどういう気持ちで入ったのか?

発足当時の手探りで不安な時期とは?

これからどういう活動を続けていくのか?

などなど、小林が赤裸々(せきらら)に語っています!

 

福島民報のホームページからも記事を閲覧できます。

念のため、下記に記事の全文を掲載します。

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「実り多い一年になりますように」。そう願うと、かじかんだ両手がぽっと熱を帯びたように思えた。
2日、初詣客でにぎわう田村市船引町の大鏑矢神社。市復興応援隊員を務める小林奈保子(28)は新婚の夫直樹(33)と寄り添い参道を進んだ。隊の活動は今年丸3年を迎える。正念場だ。「あなた、見守っていて」。心の中で静かに、傍らの伴侶に語り掛けた。

田村市は平成25年7月、東京電力福島第一原発事故からの地域再生を目指して復興応援隊を設けた。避難区域が設定された市内都路町を中心に、過疎化が急速に進む全域で住民生活を支える狙いがあった。
市内常葉町出身の小林は発足から2カ月後、それまで勤務した食品宅配会社を辞めて隊員となった。今では副長兼広域リーダーとして11人を引っ張る。
新年に夢は大きく広がる。5月ごろには市外から希望者を募り、グリーンツーリズムの催しを開く予定だ。農作業の体験や農産物の試食会、直売所の見学などを通し、土地と人の魅力を伝える。移住者が現れ、古里に活気をもたらしてほしい。地域おこしに関心のある市民が集う座談会、セミナーも計画している。

原発事故に伴う都路町の避難指示解除を前に、奔走した日々を懐かしく思い出す。古里に戻る住民をいかに支援するのか。復興応援隊は手探りで進んだ。約1000世帯を1軒ごとに訪ね歩き、行政に対する要望を聞いた。身の回りのこまかな世話が必要だと分かった。小林ら隊員は「何でも屋」になろうと決意する。
しかし、物事は簡単に前に進まない。「あんたら、一体何者なんだ」。心ない言葉に胸が痛んだ。仮設住宅での交流サロンの運営、避難で家人が不在となり荒れた家の片付け、畑の草むしりに祭りの準備…。地域に受け入れられるため何でも引き受けた。
「もう、やっていけない」。職場を離れる隊員も現れた。住民には放射線に対する不安や仕事を失った憤りが渦巻いていた。そんな地域で踏ん張った。古里をよみがえらせるのは自分たちだという自負もあった。
転機となったのは26年2月の豪雪の日。準備宿泊で自宅に戻り身動きが取れなくなったお年寄りから、除雪の依頼が殺到した。隊員総出で連日、雪かきに当たる。腰や腕を痛めたが、かまってはいられない。女性にとってはつらい仕事だった。
そして、春。「あの時は、本当にありがたかったよ」。住民の言葉に、硬く凍っていた心が解けだすのを感じた。(文中敬称略)

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明日の福島民報の朝刊もご期待ください!

 

 


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